さすが本屋大賞というか、面白いのはもちろんのこと、ものすごく現代を切り取った本でびっくりしました。
この本にコロナ後の世界が詰まっていて、100年後くらいに「当時の社会の雰囲気はこんな感じでした」という資料にしてもいいんじゃないかとすら思いますわ。
内容は主に推し活とファンダム経済の話で
この本が扱う推し活は、人やキャラクターを推す話だけでなく、特定の思想を支持することも含んでいるんだろうなと思わされます。
日本が危ない! も一種の推し活であるならば、SDGsもベクトルが違う一種の推し活なのだと。
何かに影響されて、価値観や生活が変わり、それに触れると幸せだと感じるなら広い意味で推し活、
そして何かに影響されて、価値観や生活が変わり、”推し”のフィルターを通して、特定の角度から世界を見ること…つまり「視野を狭める」ことが広い意味で推し活であると。
そして推し活にはコミュニティが付随している。
なので、何を推すかは、自分がどこのコミュニティに所属するかを選ぶこととわりと近かったりする。
ただこれが推し活の厄介なところだと思うんですよ。
ファンダムに取り込まれるうちに、本当に推したくて推しているのか、コミュニティから取り残されたくなくてやっているのか、わからなくなってしまう。
同じ意見の人に囲まれて、視野はどんどん狭くなっていく。
推し活にハマるのは愚かなことなのでしょうか?
少なくとも推してない側から見ると「そんなもの」に夢中になるのが信じられない。という価値観になってしまうのですが
じゃあそうやって安全圏から「そんなものに夢中になってあほらしいw」と冷笑していれば何かを得られるのか?というと、全くそんなことはなく。
作中ではむしろ視野が狭いほうが幸せ、のような主張がされている気がしました。
推し活にコミュニティが付随しているなら、何も推していない人というのはどこのコミュニティにも所属できていない、ということになってしまうわけで。
「視野が広い」人は、拠り所が無く大海原にいるような孤独感を感じている。
作中では、推し活を仕掛ける側の視点も登場するわけですが
明らかに有能で、推し活をしている人を見下し、搾取するためのプランを考える人に主人公は心の中で問いかけるんですよ
「あなたには雑談できる相手はいますか?」
と。
作中で繰り返されるのが
これからの人生に還って来るのは、これまでやってきたことよりもやってこなかったことのほうだ。
という言葉で
仕事に一生懸命取り組んだことではなく、逆に、仕事にリソースを割いた結果疎かになった私生活の部分が、人生の後半で牙を向いてくるぞと。
おお恐ろしい恐ろしい。
今までコミュニティの構築をサボっていた人が突然どこかのコミュニティに入るのは至難の業。そんな時に優しく両手を広げて受け入れてくれるコミュニティ、それは、だいたいヤベー思想なんですよね。
どうすりゃ良いんでしょうね。詰んでる。
とはいえ、推し活をすれば安泰なのかというと全くそんなことはなく
ファンダムの中の無数の誰かよりも凄いことをして、SNSに張り付いていないとコミュニティの中で固体認知されないんですよ。
無理のない範囲でそれができて、本人が幸せなら良いんでしょうけれど
身体的時間的金銭的負担を強いて、それが達成できないと「それでもファンなのか」という言葉が出てくるのはちょこちょこ見かけるかなぁ。
あと同じ思想を持っていないと弾かれるから、
コミュニティに残り続けるために、思想も支配される事があるかもしれない。
視野が狭いと、一時的に連帯感や幸福感があるけれど、熱量をどんどん上げていかないと取り残されてしまう。現状維持は許されない。
じゃあどうすりゃいいんですかと。
過度に推しにはまらず、雑談できる相手を見つけるには、友達を見つけるには。
一体どうすればいいんですかと思うわけですが
答えは出ないわけですよね。
正直、ご近所と付き合うのもある意味ギャンブルだと思いますし。
誰と、あるいは何と付き合うにしても、自分自身の思考と判断を手放さず
ほどほどの距離感を保ちながら付き合うのがベストなのでしょうけれど
それで孤独感が埋まるのか?というと多分埋まらない気がして
いやほんと、詰んでますよね、人間関係ムズカシイ。
この本がなぜ「メガチャーチ」なのかというと、日本の推し活ビジネスは、アメリカのチャーチマーケティング…教会に人を呼び込むためのマーケティングになぞらえているからで
自認無宗教の日本では、推しこそが「神」であると。
個人的には、推し活をしつつも、頭の何処かには「チャーチマーケティングに踊らされているんだろうなぁ」という気持ちを持っていたいところですが
一方で、完全燃焼できるくらい何かにはまれる人を見て、幸せそうだなぁ、羨ましいなぁ、とも思いながら
これからも一人部屋の中、インスタント味噌汁を溶かす日々を送るんだろうな、きっと。
まあアマノフーズの味噌汁は美味しいので、私はそれだけでちょっと幸せ感じられますけどね。
アマノフーズはぼっちを救う…ってこと?
この本にコロナ後の世界が詰まっていて、100年後くらいに「当時の社会の雰囲気はこんな感じでした」という資料にしてもいいんじゃないかとすら思いますわ。
内容は主に推し活とファンダム経済の話で
この本が扱う推し活は、人やキャラクターを推す話だけでなく、特定の思想を支持することも含んでいるんだろうなと思わされます。
日本が危ない! も一種の推し活であるならば、SDGsもベクトルが違う一種の推し活なのだと。
何かに影響されて、価値観や生活が変わり、それに触れると幸せだと感じるなら広い意味で推し活、
そして何かに影響されて、価値観や生活が変わり、”推し”のフィルターを通して、特定の角度から世界を見ること…つまり「視野を狭める」ことが広い意味で推し活であると。
そして推し活にはコミュニティが付随している。
なので、何を推すかは、自分がどこのコミュニティに所属するかを選ぶこととわりと近かったりする。
ただこれが推し活の厄介なところだと思うんですよ。
ファンダムに取り込まれるうちに、本当に推したくて推しているのか、コミュニティから取り残されたくなくてやっているのか、わからなくなってしまう。
同じ意見の人に囲まれて、視野はどんどん狭くなっていく。
推し活にハマるのは愚かなことなのでしょうか?
少なくとも推してない側から見ると「そんなもの」に夢中になるのが信じられない。という価値観になってしまうのですが
じゃあそうやって安全圏から「そんなものに夢中になってあほらしいw」と冷笑していれば何かを得られるのか?というと、全くそんなことはなく。
作中ではむしろ視野が狭いほうが幸せ、のような主張がされている気がしました。
推し活にコミュニティが付随しているなら、何も推していない人というのはどこのコミュニティにも所属できていない、ということになってしまうわけで。
「視野が広い」人は、拠り所が無く大海原にいるような孤独感を感じている。
作中では、推し活を仕掛ける側の視点も登場するわけですが
明らかに有能で、推し活をしている人を見下し、搾取するためのプランを考える人に主人公は心の中で問いかけるんですよ
「あなたには雑談できる相手はいますか?」
と。
作中で繰り返されるのが
これからの人生に還って来るのは、これまでやってきたことよりもやってこなかったことのほうだ。
という言葉で
仕事に一生懸命取り組んだことではなく、逆に、仕事にリソースを割いた結果疎かになった私生活の部分が、人生の後半で牙を向いてくるぞと。
おお恐ろしい恐ろしい。
今までコミュニティの構築をサボっていた人が突然どこかのコミュニティに入るのは至難の業。そんな時に優しく両手を広げて受け入れてくれるコミュニティ、それは、だいたいヤベー思想なんですよね。
どうすりゃ良いんでしょうね。詰んでる。
とはいえ、推し活をすれば安泰なのかというと全くそんなことはなく
ファンダムの中の無数の誰かよりも凄いことをして、SNSに張り付いていないとコミュニティの中で固体認知されないんですよ。
無理のない範囲でそれができて、本人が幸せなら良いんでしょうけれど
身体的時間的金銭的負担を強いて、それが達成できないと「それでもファンなのか」という言葉が出てくるのはちょこちょこ見かけるかなぁ。
あと同じ思想を持っていないと弾かれるから、
コミュニティに残り続けるために、思想も支配される事があるかもしれない。
視野が狭いと、一時的に連帯感や幸福感があるけれど、熱量をどんどん上げていかないと取り残されてしまう。現状維持は許されない。
じゃあどうすりゃいいんですかと。
過度に推しにはまらず、雑談できる相手を見つけるには、友達を見つけるには。
一体どうすればいいんですかと思うわけですが
答えは出ないわけですよね。
正直、ご近所と付き合うのもある意味ギャンブルだと思いますし。
誰と、あるいは何と付き合うにしても、自分自身の思考と判断を手放さず
ほどほどの距離感を保ちながら付き合うのがベストなのでしょうけれど
それで孤独感が埋まるのか?というと多分埋まらない気がして
いやほんと、詰んでますよね、人間関係ムズカシイ。
この本がなぜ「メガチャーチ」なのかというと、日本の推し活ビジネスは、アメリカのチャーチマーケティング…教会に人を呼び込むためのマーケティングになぞらえているからで
自認無宗教の日本では、推しこそが「神」であると。
個人的には、推し活をしつつも、頭の何処かには「チャーチマーケティングに踊らされているんだろうなぁ」という気持ちを持っていたいところですが
一方で、完全燃焼できるくらい何かにはまれる人を見て、幸せそうだなぁ、羨ましいなぁ、とも思いながら
これからも一人部屋の中、インスタント味噌汁を溶かす日々を送るんだろうな、きっと。
まあアマノフーズの味噌汁は美味しいので、私はそれだけでちょっと幸せ感じられますけどね。
アマノフーズはぼっちを救う…ってこと?
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