ようやく最後まで見ました。
全体的に良かったのですが、終盤のストーリーは雑で無難だったかな…
特に寿海さん。なんで醍醐の城まで来て死を選んだのかが全く描写されてなかったし、
多宝丸・陸奥・兵庫が百鬼丸の身体を使っていたのも、どういう仕組みなのか分からなかったし、
百鬼丸が多宝丸にとどめを刺さなかった理由も少し薄かったし、
それで多宝丸がコロッと改心したのが一番微妙でしたかね。
国のために誰かを犠牲にすることは是か非か問題については、縫の方から
「誰かを犠牲にした繁栄は脆い」
と回答がありました。
醍醐の国いわば労働力ダンピングをして売上をあげるブラック企業で、
鬼神側の合意と百鬼丸の犠牲が無ければ瓦解する仕組み。
ただ、視聴者的にはそこで回答が来てしまい、
かつ多宝丸はこの流れ全く聞いてないので
最終的に母の愛を奪われた云々で戦う事になってたのは非常に残念でした。
陸奥と兵庫は醍醐の未来を託したんだぞ!若!
そこは多宝丸もチートの脆さを理解して、
それでも突き進むのか脱チートするのかを選ばせて欲しかったかな。
「お返しします」は「醍醐はもうチートやめます」と共にあるべきだったのでは。
あるいはチート続行宣言して倒されるか。
今まで、似蛭の巻で田之介を斬らずに刀だけを斬って見せて、
守子唄で初めて個人的な恨みから人を斬ってどろろから「鬼になっちまう」と心配されて
人斬りってそのくらい重みのある事のはずだったのに
終盤ではすっかり辻斬りになってしまった百鬼丸さん。
醍醐の国にとっての鬼神という表現なのだと考えられるかもしれないけど、
だとすると尚更、寿海さんの最期と百鬼丸の最後の差が気になる。
主人公補正と言われればそれまでだけど。
キャッチコピーの「鬼か、人か」は琵琶丸さんから言及があり、
鬼みたいな行動しちゃうのもまた人とのこと。
一方で、多くの過ちを犯した百鬼丸に対して「人になるための旅に出る」と言っており
その定義だとみんな人だし人になるための旅とか要らんのでは?
と思う部分もあったり
スタッフの間で意見まとまらなかったのかなー
と、思ってしまうようなちぐはぐな部分が見えたラストになってしまいました。
「どろろ」は私が手塚治虫と初めて遭遇した作品で
天下人になるために子供を犠牲にする醍醐景光の最初の数ページですっかり引き込まれまして
読んでてゾクゾクするマンガなんて初めてでした。
原作は打ち切りになってしまったけど
疑問は残るにせよ身体を取り戻して完結する様を見れたのは嬉しかったです。
感想ではつい気になる所を言ってしまうんですが
それ以外は満足していますという事で
特にアニメオリジナルキャラクターの陸奥と兵庫姉弟は大好きでした。
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